眼前で、蟷螂の斧が振るわれた。
 鋭くも薄い、蟲の腕。
 それが、白い胸板を貫く。
 まるで冗談のように。
 紙を裂くより容易い様子で。
 男の体が紅く染まる。

 肉が裂ける。
 肺が破れ。
 血が零れて。
 骨が飛び出る。

 絶叫が轟いた。
 男の断末魔か。
 或いは、怒りの声か。
 それは、獣の声。
 その目に違わぬ、狐の悲鳴。
 答えるように猫が啼く。
 僅かに遅れて猫が嘆く。
 控えていた彼らが口々に。

 しかし、遅い。
 あまりに、鈍い。

 蟷螂の斧が横に振られる。
 宙を舞う血が月すら染める。
 眼に焼きつく――紅の色。
 銀の毛並が宙に舞う。
 投げ捨てられ男は倒れた。
 そのまま、動かない。

 狐の面の向こうの目。

 それすら見えない。

 だくだくと。
 どろどろと。

 零れた紅が緑を染める。
 噎せ返るような死の匂い。
 あるいは、零れた命の香り。
 恐る恐る、胸を見た。
 男を貫いた蟷螂の腕。
 それは――――胸から生えていた。
 自分の、胸から。

「―――あっあっ」

 呟く。
 気が触れたように声を出す。
 あっあっあっ。
 ただ、それだけ。
 次の瞬間、喉が詰まった。
 何かが這い上がる。
 喉を伝って。
 肉を掴んで。
 体の中から。

『愚かよ。全く愚かよ。
 これほど容易く殺せるとは。
 これほど容易く騙せるとは。
 たかが人間の、女一人で。誠―――愚かな』

 ごぼり、と。
 口から女の腕が生えた。
 唇が裂ける。
 皮が破れる。
 視界が濁る。
 けれども、痛みはない。
 何かが体を破って現れる。
 ぐちぐちと。
 まるで蛹を破るように。
 顔が半分に裂ける。
 視界が反転する。
 その刹那。
 艶やかに笑う、女が見えた。

 そこで、気がつく。

 自分は、とうに。

 死んでいたのだ。