肌を嬲られる。
幾度も幾度も、指先が頬をなぞる。
鼻を滑り口へ。
唇から滑り込んで中へ。
歯列をなぞり舌へ。
引き抜かれて顎へ。
額を、髪を、瞼を。
まるで舌で舐められている様な。
男の指は飽くことなく顔を探る。
目の前には、白の面。
狐の面。
奈落の闇の覗く穴。
そこに浮かんだ金の色。


(獣の、目)


「口惜しい――いささか口惜しいな。のぅ、娘」

男は不意にそう言った。
すぅっと指先が肌を離れる。
最後に一度、名残惜しそうに瞼に触れた。
ぐりりと爪が跡を残す。
眼球を捻り出そうとするかのよう。
けれども、恐怖は覚えなかった。
喰う気ならばきっと。
当の昔に喰われている。

「我は気の強い肉を好む。雌も、女も、雄も、男も。
喰らうのならば、強いものが良い。
喉笛を食い千切って尚、こちらに牙を立ててくるような、な」

面の下の口が笑みを刻んだ。
美味い肉を思い出したのか。
あるいはそれを喰らう過程を。
にやり、裂けた口から牙が覗く。
紅い分厚い舌。
男はきっと、美味そうに肉を食うのだろう。
それは美味そうに。
余さず。
残さず。


「故に、怯えぬ娘よ。恐怖が死んだような娘よ。
 喋りも泣きも怯えもせぬ。お主の壊れ具合は我には愉快よ。
 喰えるものならば、お主を喰らってやるというのに」

そう言い、男は手を伸ばす。
顔を触れ終わった手が、喉へと下がる。
肌蹴た着物から露になった肩を嬲る。
鎖骨に触れ、更に下へ。
身体を漁りながら、男の手つきには厭らしさは無かった。
舌で舐める代わり。
喰らう代わり。
肌で触れる。
獣の遊び。
まるで児戯のよう。
肋骨を乳房を。
腰を足を。
触れながら、男は惜しい惜しいと言う。
時折、爪で跡を残した。
喰った感触を思っているのか。
噛む代わりか。
内股を伝う血を、指が撫で取る。
そのまま、男は口へと運ぶ。
美味いのか。
美味いのだろうか?

猫がゆらりと顔を上げる。
傷ついた獣の目が光る。
幾百と闇の中。
凛と。

「此度の戦、予想以上に蟲共は動かぬ。
 罠でも張っておるのかも知れんがな。まぁ好きにすればいい。
 騙まし討ちも奴らの手よ。互いに承知の上。
 之では腹は満たされぬ。元より、奴らの肉は碌に食えはせぬ。
 血も、骨も無い体よ。故に娘」


手が離れた。
ずいと寄った顔と目が合う。
金色の目。
獣の目。
霧がかった頭に恐怖は無かった。
代わりに何かが脳裏を掠める。
ぼこぼこと。
身体が内側で啼くような。
そんな何か。


空の身体に。
何かが詰まる。
そんな夢。



「口惜しいことよ―――女を喰えぬは」


肉と骨の。
空いた隙間に。