美鈴が、身ごもっていると分かった日のことだ。
まだ仲が良かった美鈴と嘉久。
二人は、幾枚もの紙を用意していた。
それには、一枚一枚に、名前が書いてあった。
嘉幸、和久、鈴音、美月。
嘉久と美鈴の名から一字ずつとった名だ。
それを、タロットカードのように机に伏せる。
女子でも男子でもいいよう、二つに分けて並べていく。
運命を占うように、厳粛な動作で整えていく。
机の上、半分ずつに規則正しく紙が並んだ。

最初に手を伸ばし、触れた名を付けようと二人は決めていた。

そっと――手を伸ばす。

そして、父と母は同時に紙を捲った。

女子の名と、男子の名。


『夜狐』


達筆な字で、ありえないはずの名がそこにあった。
互いに顔を見合わせる。
いつの間に紛れ込んだのか分からない名前。
それを避けるともう一度混ぜた。
何が何だか分からないまま手を伸ばす。
そして、掴んだ紙を捲った。


『夜狐』


もう一度同じ名があった。
驚き、次々と紙を捲る。
全て同じ名前が並んでいた。


『夜狐』


指の先が痺れた。
異様な感覚に、思わず手を離す。
紙がひらりと舞い落ちる。
机の下へ。
一枚を契機にして、次々に落ちる。
室内に、風は無い。
そのことに気づくのに、酷く時間が掛かった。
次々に落ちる。
積み重なる紙。
床の上に、白が連なっていく。
名前を書いた紙の数をとうに超えた量が降る。


そこで、天井を見上げた。
ひらり、ひらりと。
蝶のように。
空から無数の紙が舞っていた。
ひらり、ひらりと。
一つの、言葉を乗せて。



夜狐