男は、続きを口にした。
狐面の内側に目が覗く。
変わらず、暗い。
闇を孕んだ金の色。
月の色と。
獣の瞳孔。
煙る森がざわざわと啼く。
眠る猫がおあおあと啼く。
血の匂い。
生臭い。
眩暈を覚える程に、濃密。
何という、狭い場所。

「我は女と約束をした。
 たかが、肉と約束を結んだ。
 その血と苦痛とその肉を掛けて」

朗々と響く声。
話の、続き。
死装束を身に纏った女。
白と黒の似合う娘。
私を喰らえ。
他を喰らうな。
その約束。

特に、彼女の妹を。
天蓋孤独となった娘を喰らうなと。


「我は守るつもりだった。我は魚でも蟲でもない。
 我は獣だ。獣は一度結んだ約束を違えぬ。
 誓って、違えるつもりなどなかった」

ざわり、白銀の髪が泡立つ。
がちり、牙が音を立てた。
怒っているのか。
悔やんでいるのか。
男は続ける。
先を続ける。

「数十日後、一人の男がやって来た。
 肩に弓と刀を携えて――死んだ女を、捜しに来たと」

思い浮かべる。
濡れた森の中。
一人の男が行く。
手には人の武器。
獣を相手に、人の武器。
その愚かさ。
伏せがちな黒の目。
妙に細い体。
生き物として、弱い姿。
脆弱な生き物。
愚鈍な肉。
雄としても不全。
故に、噛み砕くのは容易かった。

「骨を見せたらの、泣きおった。
 あんまり五月蝿いのでな。喰らうことにした」

悲鳴を上げる喉を食む。
肉を破って牙を刺す。
食い潰した肉の味。
磨り潰した骨の味。
美味なる肉と。
熱き血潮と。
腹が膨れてそれに気がつく。
齧り残した躯に気付く。
喰い残しは―――女の身体。


「それは―――女の妹だったのよ」