ほぅほぅと獣の鳴く声がした。
篭った声が、森の中に反響する。
暗闇の中濃厚な獣臭が漂う。
柔らかい土からは葉が朽ちた匂いがした。
足を突く度、土に飲まれてずぶずぶと沈む。
ずぼりと抜き出した肌は、死人のように冷えている。
無明の黒に塗り潰された世界は、何もかもが曖昧だ。
歩けば木にぶつかり、足元を獣が掠める。
前のめりに走りながら、幾度も転んだ。
突き出した手の平が裂ける。
突いた足が岩で破ける。
痛みはない。
ただ、無闇に血が零れた。
生木が突き刺さる嫌な音がして、皮膚が剥ける。
さき程、剥がれたのは親指か。爪か。
それでも、何故か痛みはなかった。
地獄でも彷徨っているかのようだ。
ただ、走る、走る。
闇雲に。

(逃げなくては、逃げなくては)

脳裏にそんな言葉が反響する。

(行かなくては、行かなくては)

何処へとは、思わなかった。
ただ、止まることが恐ろしい。
まるで溺れた者のようだ。
茂みを払う。
棘に腕を根こそぎやられたが、止められない。
足は勝手に走り続ける。
死ぬまで、止められない。

(行かなく、ては)

けれども、走り抜けた先。
思わず、立ち止まった。