久しぶりに来たスーパーは混んでいた。
ずらりと商品の陳列された食料品の棚を見ながら、さて何を買おうかと考える。
昔は、妻と並んでよく買い物に来た。
休日のことだ。お菓子を持ってくる息子を止めながら、野菜を選ぶ彼女に連れ添ってカートを押した。
時には、自分で食品を選び、二人のために料理をしたこともある。
けれども、事故の後、まともに食料を買おうと思ったことなど無かった。
レトルトやコンビニで買ったもの。あるいは、食パンだけでも暮らすのに不都合は無かった。
食品など、ただ生きていくために消費するものでしかない。
食べて、飲んで、生きる。ただそれだけのことが、恐ろしく億劫だった。
けれど、今はきりえがいる。
彼女のために、ちゃんとした食料を買わなくてはならなかった。
売り場の明るさと騒がしさに押されながら、魚売り場まで来る。
特売のシールが貼られたメバルを手にとった。
澄んだ目玉を見て、買おうかどうか悩む。
魚は体にいいが……さて、魚の煮つけなど上手く出来るだろうか。
料理は苦手ではなかったが、何せブランクが長過ぎる。
それに、もっと子供が好きそうな食事の方が喜ぶのではないだろうか。

「きりえ、何か食べたいものは、ん?」

そこで、彼女が隣にいないことに気がついた。
きょろきょろと辺りを見回していた小さな姿が無い。
慌てて、辺りを探す。人並みを掻き分けながら、歩き出した。
休日のせいで混んでいるスーパーには子供の姿があちこちにあったが、きりえは見当たらない。
焦りが込み上げた。
やって来たときと同様、彼女は静かに消えてしまったのではないかと。
迷子放送で呼び出して貰おうかと思ったが、小規模なスーパーではあまりに大げさすぎる。
更に辺りを捜し歩くと、やがて小さな姿を発見した。
何かのキャンペーンでも行っているのか、お菓子売り場とは別に設けられた棚の前。
そこに、巨大な熊のぬいぐるみが置いてあった。
背後には、チョコレートの箱が山と積んであった。
それなりに売り上げはいいのか、一部の取り易い部分が崩され大分低くなっていた。
きりえは、それをぼんやりと見上げていた。
大きな目が輝いている。キラキラという擬音まで聞こえてきそうな様子だった。
チョコレートとセットになった小さなテディベアを見ているらしい。
赤のチェック柄の箱の中に、可愛らしい姿が納まっていた。
そっと手を伸ばすと、箱を一つ手に取った。くるりとひっくり返し、値段を確認する。
500円。菓子にしては高めだった。
まぁいいかと思い、そのまま、ぽんっと籠の中へ投げ入れる。
きりえの視線が急に持ち上げられた箱にくっついて動いた。
すーっと横に動かし、籠に入れると同時にぽんっと下を見る。
それからやっとこちらに気づいた。

「優さん? あ、あれ?」

「急にいなくなったから、心配した」

端的に告げる。すると、きりえは一気に真っ赤になった。

「ご、ごめんなさい優さんッ! 
 えっと、この熊さんが見えて、気、気になってしまって。
 すぐ戻るつもりだったんです。ご、ごめんなさい」

大慌てで謝りながら、彼女は不思議そうに菓子の箱を見た。
たくさん積まれた棚と、籠の間を視線が幾度も往復する。

「あ、あの……優さん?」
「どうした?」
「えっ、えっと、あの、その……それ、は?」

恐る恐るといった調子で、彼女は尋ねた。
指差された箱の中に入った熊を見る。
青色のチェック柄だ。棚に置かれた熊は、黒と白だった。

「………もしかして、他の色の方がよかったのか?」
「い、いいえ。そうじゃなくて、あのその、それは、あの?」
「欲しかったんじゃないのか?」
「え、ええええ。あの、そうじゃなくて。ダメです。優さん。私は、そんな」

慌てて熊を籠から取ろうとする彼女の頭に手を置いた。
ぽんっと手が乗った瞬間、はっと彼女は顔を上げる。
慌てすぎた真っ赤に染まった顔を見て、手をゆっくりと動かした。
頭を撫でると、彼女は瞬きをして驚いた顔をした。
それから、泣きそうに顔を歪める。

「どうした?」
「……………どうして」

哀しい声だった。まるで、信じられないとでも言うかのような。

「どうして、優さんはそんなに優しいんですか?」

涙が大きな瞳に見る見るうちに溜まった。
それを見て、少しだけ考える。

「そうだな」
「………」
「俺は、君が、笑ってくれると嬉しいんだ」

一言一言、考えながら言った。
すると、きりえは身を震わせた。
びくりと小さく震えて、弾かれたように顔を上げる。

「だから、笑ってくれ。それに、チョコ一つでそんなに恩に着ないでもいい。
 欲しいものや、食べたいものがあったら。遠慮なく言ってくれればいい」

そう言い、熊の箱をきりえに手渡した。
ぎゅっとそれを抱き締めて、きりえはゆっくりと頷いた。
頷き返し、もう一度頭を撫でる。
すると、彼女はゆっくりと笑ってくれた。


彼女の手を引きながら、時計を見る。
ちょうどいいことに、卵のタイムサービスの時間だった。